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福岡高等裁判所 昭和60年(ネ)474号 判決

控訴人

米村正照

右訴訟代理人弁護士

高屋藤雄

被控訴人

銀杏砂利工業株式会社

右代表者代表取締役

東正義

被控訴人

東正義

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  被控訴人らは控訴人に対し、各自金一五二万一〇六〇円及び内金一三八万一〇六〇円及びこれに対する昭和五二年七月一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

三  控訴人のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

五  この判決は、第二項に限り仮に執行することができる。

事実

一  控訴人は、当審において請求を減縮し、「1 原判決を次のとおり変更する。2 被控訴人らは控訴人に対し、各自金一五四万四四〇〇円及び内金一四〇万四四〇〇円に対する昭和五二年七月一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求めた。

被控訴人らは、適式の呼出を受けながら当審口頭弁論期日に出頭しない。

二  当事者双方の主張及び証拠の関係は、次のとおり訂正、付加するほかは、原判決事実摘時のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決二枚目表一二行目から同一三行目の「昭和四九年七月下旬頃から昭和五一年九月初旬頃」を「昭和四九年六月下旬ころから昭和五二年六月下旬ころ」と、同四枚目表一一行目の「本訴状送達の翌日たる昭和五二年二月一三日」を「本件不法行為の後である昭和五二年七月一日」と各改める。

2  控訴人の主張

(一)  控訴人は控訴人所有にかかる表記肩書地で内科、小児科を診療科目とする米村医院を経営し、かつ家族とともに同所に居住しているものである。

右土地の西側は県道に面しているものの、北、東及び南側はいずれも田に隣接し、周辺は概ね静かな田園地帯である。

控訴人はかかる静かな環境のなかで、通常生ずる自動車運行による騒音を除いては騒音に妨害されることなく平穏な生活を送る権利を有するものである。

(二)  被控訴人銀杏砂利工業株式会社(以下「被控訴会社」という。)は控訴人所有地の東側に隣接する田一万〇三四八平方メートルを賃借し、その地下を掘削して砂利を採取する事業を始め、七二ホンないし六六ホンに達する騒音を発生せしめたが、騒音の内容、作業時間等は、次のとおりである。

揚水ポンプの騒音(ポンプのエンジンの音で二四時間継続)、バスケットクレーンの音(バスケットクレーンは砂をつかみあげる機械であり、現場へ投げ込むような勢いで投入される際、機械と砂とがぶつかりあつてガツンという高い金属音が生じ、更にバスケットを巻きあげダンプカーに積み込むため砂を投入するザーという音がでる。)、ショベルカーの音(砂を押しあげるなどする際の音と、荷重がショベルにかかつた際馬力をあげるために生ずるエンジンの音やマフラーの音)、ショベルカーの音に近似するブルドーザーの音、ダンプカーの音(砂利を満載して搬出する際の車両のエンジン音)である。その作業時間は、午前六時ないし午前七時に開始し、終了は早いときで午後六時、遅いときには午後九時ないし一〇時ころまでに及び、一定していなかつた。

以上のとおり、揚水ポンプの騒音は昼夜を通じ間断なく続き、作業時間中はバスケットクレーンの甲高い作業音が加わつて、騒然とした状態となり、深夜周囲が静かになると揚水ポンプの音が際立つて響く状態にあつた。

(三)  ところで、被控訴人東正義(以下「被控訴人東」という。)は、被控訴会社の代表取締役であるが、被控訴会社は被控訴人東の個人的色彩の強い会社である。

前記騒音に悩まされた控訴人は、被控訴会社に再三に亘り善処方を申し入れ、担当者と協議した結果、「1、被控訴会社は騒音防止のため両地の隣接部分に万能鋼板を設置する。2 控訴人の飼育する雉の幼鳥が被控訴会社の作業騒音により発育が遅れ、販売価格が標準に達しないような事態が生じた場合は両者協議の上被控訴会社は控訴人にその損害を賠償する。3 被控訴会社の作業時間は午前八時から午後六時とし特別の場合は被控訴会社は控訴人に連絡して了承を受けるものとする。4 被控訴会社が設置している排水ポンプ用のエンジンは騒音防止のため屋根を取付け、外部に覆いを取付ける。5 被控訴会社は掘削跡地の埋立作業を昭和五〇年三月末日までに完了するよう努力する。」ことを骨子とする協定書(甲第四号証)を作成し、被控訴人東の了解さえ得られれば、被控訴会社が右協定内容を実行することになつていた。ところが、被控訴人東がこれを放置したため合意に達することができず、また右協定内容が実行されずに本件被害が発生したものである。したがつて、被控訴人東は、被控訴会社に代わつて担当者に指示し、右協定内容を実行させるなどして本件被害の発生を防止せしめ得る地位にありながらこれを放置したものというべく、民法七一五条二項の代理監督者として損害賠償責任を免れない。

3  新たな証拠〈省略〉

理由

一〈証拠〉によれば、原判決事実摘示控訴人の請求原因(一)の事実が認められ、同(二)の事実は当事者間に争いがない。

二そこで、同(三)、(四)の各事実について検討するに、右認定事実、〈証拠〉を総合すれば、次の事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

1  控訴人の肩書住所地は、西側は県道川尻、甲佐線に面しているが、その余はいずれも田に隣接し、周辺は概ね静かな田園地帯である。

右住所地の熊本県上益城郡御船町は、昭和四七年九月二七日から熊本県公害防止条例、同施行規則の定める第三種区域(住居の用にあわせて商業、工業等の用に供されている区域であつて、その区域内の住民の健康を保護するとともに、生活環境を保全するため、騒音の規制基準が定められている区域)に指定されている。

当時、熊本県公害防止条例四二条、同施行規則二四条別表十二によれば、右第三種区域における騒音の規制基準は、昼間(午前八時から午後七時まで)六五ホン、朝夕(午前六時から八時までと午後七時から一〇時まで)六五ホン、夜間(午後一〇時から翌日午前六時まで)五五ホンと定められていた。

2  控訴人は、右住所地に家族(妻と子供二人)と居住し、同所において、昭和二九年から内科、小児科及び放射線科を診療科目とする米村医院(看護婦四人)を経営すると共に、昭和四六年から右のような静かな環境を利用して趣味と実益を兼ねて雉の飼育を行い、成育した雉を社団法人熊本県猟友会の承認を受けて、福岡県筑後農林事務所あるいは熊本県上益城郡矢部町役場などに販売していたものである。

3  ところが、被控訴会社は、控訴人方東側に所在する徳永登外六名所有の熊本県上益城郡御船町大字陣字麻島四八〇番外六筆の田合計一万〇三五八平方メートルを賃借したうえ、昭和四九年六月ころからバスケットクレーン、ショベルカー、ブルドーザー等を使用して、右田の地下を掘削し、砂利を採取する作業を始めた。

右作業は午前六時ないし七時ころから始められ、午後六時ころまで続けられ、遅いときは、午後九時ないし一〇時ころまで続行された。

その間、バスケットクレーン、ショベルカー、ブルドーザー等の発する断続的な金属音や作業音あるいは右各種機械のほか砂利運搬のため出入するダンプカー等のエンジン、マフラー音などにより、控訴人方では診療室の隣室にある電話が鳴つても聞えない状態となり、作業が終了し夜間周囲が静かになると、右作業現場に設置されて終日運転している揚水ポンプのエンジン音が聞えてくるようになり、右エンジン音のため控訴人の家族らは安眠を妨げられるような状態となつた。

また、控訴人の飼育している雉は音に敏感で驚き易く神経質であるため、前記騒音に驚いて急に飛び上り、雉舎の天井に頭を打つて脳震盪を起して死亡する事態が生ずるようになつた。

4  右騒音に悩まされた控訴人は被控訴会社に対し再三にわたり騒音対策や作業時間の短縮などその善処方を申し入れ、被控訴会社の作業担当社員の川原、坂本らとの協議の結果、昭和四九年八月ころ(一) 被控訴会社は騒音防止のため両地の隣接部分に万能鋼板を設置する。(二) 控訴人の飼育する雉の幼鳥が被控訴会社の作業騒音により発育が遅れ、販売価格が標準に達しないような事態が生じた場合は両者協議の上被控訴会社は控訴人にその損害を賠償する。(三) 被控訴会社の作業時間は午前八時から午後六時とし、特別の場合は被控訴会社は控訴人に連絡して了承を受けるものとする。(四) 被控訴会社が設置している排水ポンプ用のエンジンは騒音防止のため屋根を取付け、外部に覆いを取付ける。(五) 被控訴会社は掘削跡地の埋立作業を昭和五〇年三月末日までに完了するよう努力するなどを骨子とする協定書(甲第四号証)を作成し、騒音の発生を被控訴会社が自主的に規制することを期待したが、被控訴会社の代表者である被控訴人東が右協定書の調印を拒んだため右協定は成立せず、右協定条項が実行に移されることはなかつた。

これがため、右協議にも拘らず、騒音が緩和ないし軽減されることはなく、その程度、内容は従前と全く変化が認められなかつた。

5  控訴人は被控訴会社との協議の成果が思わしくないため、熊本県御船保健所に対し、右騒音につき苦情の申立をし、同保健所、御船町役場並びに熊本県公害規制課の職員らは、昭和四九年九月一一日控訴人方付近における騒音の程度、内容を、熊本県公害防止条例施行規制別表十二の備考2欄に規定する規格c一五〇二に定める指示騒音計を用いて測定した。その結果右測定値の九〇パーセントレンジの上端の数値は、雉舎の存する控訴人方敷地中央部付近において七二ホン、同敷地中央部南端付近において六六ホンであつた。

御船保健所は被控訴会社の右砂利採取事業による右騒音が公害防止条例に基づく規制基準を越えているとして、行政指導を行つたが、被控訴会社は右行政指導にも応ずることなく、騒音対策は何ら講じられなかつた。

6  さらに、控訴人は熊本の裁判所に対し民事調停の申立をし、昭和五一年八月ころから同年一〇月にかけて三回にわたり調停期日が開かれたが、被控訴人東が出頭しないため調停不調に終つた。

7  その結果、本件騒音は、被控訴会社の田の埋戻作業が完了した昭和五二年六月下旬ころまで約三年間断続的に継続した。

ところで、騒音による生活妨害がいかなる程度に達したときに社会生活上受忍の限度を超え、違法性を帯びるというべきかは、当該地区の環境、被侵害者の生活状況、土地利用開始の先後関係、侵害行為の社会的有用性、侵害行為の期間、加害者の侵害防止対策についての態度等に当該地区における騒音についての公法上の規制基準をも参酌し、一般社会通念によつて決するほかないところ、前記認定の控訴人の肩書住所地の環境やその生活状況、本件騒音による生活妨害の程度、内容、騒音対策についての被控訴会社の態度等に公法上の規制基準をも参酌すると、被控訴会社の本件騒音は、控訴人の受忍限度を超えた違法なものと認めるのが相当であり、被控訴会社は控訴人が本件騒音により被つた損害を賠償すべき義務があるものといわなければならない。

また被控訴人東は、被控訴会社の代表取締役であり、かつ本件騒音防止の措置をとり得る地位にありながら、これを放置したこと前記4ないし6認定のとおりであるから、民法七一五条二項の代理監督者として、控訴人が本件騒音により被つた損害につき、その賠償義務を免れないというべきである。

三そこで、控訴人が本件騒音により被つた損害について検討する。

1  窓の取替及び電話架設費用 二七万一〇六〇円

〈証拠〉によれば、控訴人は本件騒音の程度を軽減するために控訴人方居宅東側及び南側の窓をサッシに取替え、その費用として昭和四九年八月一〇日二五万三四〇〇円を、また本件騒音により隣室にいると受信信号が聞えないため有線放送電話機の増設工事をし、その費用として同年一〇月一八日一万七六六〇円を各出捐したことが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。しかしながら、電話架設費用として、控訴人が主張するように右認定額以上の費用を出捐した事実を認めるに足りる証拠はない。

2  逸失利益 八一万円

〈証拠〉によれば、本件騒音に基因して、控訴人が飼育中の雉のうち、少なくとも二七〇羽が死亡したり傷ついたりして商品価値を失つたこと、当時の雉一羽当りの価格は三〇〇〇円であつたことが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。そうすると、控訴人は合計八一万円の損害を被つたことになる。

3  慰藉料 三〇万

以上認定の被控訴会社の砂利採取作業に伴う本件騒音の程度、内容、その継続期間、控訴人との協議を拒み、行政指導をも無視し、何らの防音措置をとることなく漫然工事を続行した被控訴会社の態度、これにより控訴人が居住の平穏を侵害されたのみでなく、趣味と実益を兼ねて飼育していた雉の大半を失う結果を招いたことその他諸般の事情を考慮すると、控訴人の被つた肉体的、精神的苦痛を慰藉するには三〇万円をもつて相当と認める。

4  弁護士費用 一四万円

本件事案の内容、審理経過、認定額等に照らすと、控訴人が被控訴人らに対して賠償を求めうる弁護士費用の額は一四万円をもつて相当と認める。

四よつて、控訴人の被控訴人らの本訴請求は、一五二万一〇六〇円及び弁護士費用を除いた内一三八万一〇六〇円及びこれに対する不法行為の後である昭和五二年七月一日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当としてこれを棄却すべきである。そうすると、本件控訴は一部理由があるから、原判決はこれを変更すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九三条、九二条但書を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官新海順次 裁判官山口茂一 裁判官萱嶋正之)

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